投稿者:谷下 一夫(慶應義塾大学 名誉教授、日本医工ものつくりコモンズ世話人)
文部科学省の科学技術政策研究所で、約3年にわたる医工教育のあり方に関して、調査研究が行われ、平成24年3月に報告書(我が国における医療機器の開発・実用化の推進に向けた人材育成策)がまとめられた。この調査研究に取り組まれたのは、文部科学省科学技術政策研究所重茂浩美氏である。筆者もわずかだけ協力させて頂いた。
医工教育に関して重要な課題が提言されているので、ご関心をお持ちの方は、是非とも参照されたい。文部科学省のWEBからダウンロード可能である。
それで、この調査研究の締めくくりとして、米国のシリコンバレーにおける医療ベンチャーの開発の現場を見学する機会を頂いた。特にForgaty医師が創設された医療機器開発の研究所とスタンフォード大学医工連携の見学が中心であった。
なお、この見学は、株式会社麻生の橋本親平氏のご紹介により実現したものである。
朝9時半に、三菱商事の大類氏が迎えに来てくれて、ElCamino病院を訪問した。ElCamino病院は、ベッド数が300床程度の地域中核病院で、この地域でのnon profit の病院である。
まず病院の中を案内してくれたが、病院のロビーは正にホテルのようにきれいで、外来の患者さんも少なく、大変落ち着いた雰囲気であった。病室は個室が目立ち、相部屋でも2名までだそうだ。ナースステーションは、日本の病院の雰囲気と同じだが、静かで落ち着いていた。面白いのは、リネンを運搬するロボットがあり、所定の部屋から部屋へとリネンを運んでいた。
【臨床の医療機関の中に、医療機器開発の拠点を置く】
最初の訪問は、Fogarty医師が創られたFII(Fogarty Institute for Innovation)である。
Fogarty先生は、臨床の医師であると同時に心臓血管系のバルーンを開発したことで有名な方で、医療機器の開発を目的とする医療ベンチャーの育成を実行されている。
特にFogarty 先生の考えは、臨床の医療機関の中に医療機器開発の拠点を置くべきであるという点で、患者さんとのコミュニケーションを取れるように、特別に患者さんと面談する部屋も用意されていた。
さらに、開発方法として特筆すべきは、医療機器の原理的なコンセプトを見いだすための工房が用意されており、簡単な工具や医療機器に頻繁に使用される材料が揃っていた。開発側は、そこでいろいろなアイデアを考え出し、すぐにそのアイデアを検証すべく簡単な装置を組み、作動原理が正しいかを迅速に確認できるようになっている。最初の原理の段階では、高価な材料や精密な計測を必要とせずに作動原理を検証するという考えは、恐らく日本の開発の考えとかなり異なる。
作動原理が検証できた後に、実際のプロトタイプを試作する段階になるが、そのような試作は高度な専門性を持つ業者に外注する。原理的な部分の考察とプロトタイプの試作とを切り分けている点は、FIIでの開発の特徴である。
【逐次進行状況をチェックして、途中段階での問題を早期に発見する】
FIIのPresident &CEOであるAnn Fyfe氏とChief Operating Officer であるMichael Needels氏から、FIIでのベンチャー育成と運営の仕組みに関して詳しく説明を受けた。
まず、FIIでベンチャー企業の開発を公募し、応募した企業の中から選考して最終的にFIIで開発を実行する企業を決定する。選考の基準としては、企業から提案されたテーマが将来十分に事業化が可能で、医療産業分野で大きく伸びて行くかという点である。
最初は、30件程度の応募があり、3件採択したが、その次の年は応募件数が増えている。選考された企業は開発研究を開始することになるが、逐次進捗状況のチェックを受ける。これは、企業の尻たたきというよりも、最終的に成功させるために、途中段階での問題を早め早めに発見して、早めに修正することで、効率的によい成果に到達するという意味が大きい。それで、これまでの結果では、ほとんどの企業がよい結果に到達して、事業化の方向に進んでいる。途中で失格のレッテルを貼られた企業はないそうで、それは最初の企業の選考が適切であったということになる。
【採択企業に財政的負担を負わせない仕組みを実現】
最も関心させられた点は、財政的な仕組みである。
採択された企業は財政的な負担を負わない。すべてFIIの資金援助によって開発が進められている。それでは、そのような資金をどのように獲得しているかが興味ある点である。
開発の最初では、主として寄付などの資金を活用する。開発が進み、次第に医療機器としての有効性が明らかになってくると、投資家による投資や、研究グラントの資金を活用し、最後に事業化に関する見通しがついて、知財としての価値に応じて資金を獲得できるようになる。FIIは基本的に非営利で、このようなベンチャー企業の開発を支援するためにの財政援助を負担している。FIIで開発する期間は、数年程度で集中的に開発を行い、事業化の見通しをつける点が特徴である。
現在では、事業化の見通しがついているベンチャー企業は1社、開発が進行中の企業が3社である。
FIIでは、臨床の先生との密なコミュニケーションが可能であるため、医療ニーズの発掘や臨床の先生の優れたアイデアを迅速に開発研究に繋げてゆくための効率的な仕組みが備わっている。病院内にFIIを置いたという点が重要で、さらに旧病棟の食堂を研究室にし、厨房を実験室に変更してFIIの開発のスパースを拡げるそうで、如何にも合理的な発想である。
病院の敷地内に研究開発の拠点を置くという点は、今後日本にとって多いに学ぶべき点である。
更新日:2012/05/22