REDEEM –医療工学技術者創成のための再教育システム

発想の背景について

 東北大学は、はるか100年前(1920年代)にさかのぼる医工連携の研究教育の歴史をもっています。とくに、近年では、平成10年代から、相次いで、国などから助成をうけ、工学研究科、医学系研究科および、関連する研究所における数十名の研究者が共同で、いくつかの医工学関係の大型プロジェクトを実施してきました。その過程で、浮かび上がってきた課題は、我が国の医工学の産業化の遅れです。
 この課題を正面からとらえ、東北大学では、我が国初の医工学研究科(医工学の独立大学院研究科—学部相当の組織)を平成20年度から発足させました。東北大学の医工学研究科は、我が国で最初の医工学研究科である(専攻—学科レベルのものはこれまでもありましたが)とともに、現在もなお、我が国で唯一の大学院研究科です。その特徴は、工学部の主導で作られたことにあり、医学部の附属施設あるいは一部の専攻として作られたものではないことにあります。つまり、私たちの医工学研究科は、医“工学”の研究科であることに最大の特徴があります。
 この医工学研究科の発足の基礎となったプロジェクトおよび研究グループはいくつかありますが、その一つが、本稿の話題であるREDEEMです。これは、はじめは、医と工との相互教育ということを謳って始められたプロジェクトでしたが、徐々に、スタンスを移して、社会人技術者に医学・生物学を教えることによって、これまでにない医工学技術者、すなわち、臨床の現場において、臨床医と対等の立場で技術開発を推進することができる技術者を作り出すということ目標とするプロジェクトになり、現在に至っています。

医師のニーズをいかに産業化するか

 我が国の医工学技術が、特に、基礎研究の個別のいくつかの分野では世界をリードする研究水準を誇りながら、その産業化において、欧米諸国、とりわけ米国にはるかに遅れをとっていることは残念ながら事実です。その原因を、どこに求めるかについてはいろいろな意見があります。現在支配的なのは、我が国のモノ作り技術は非常に優れているが、それを医療機器産業に生かし切れていない理由は医学・医療の現場の、つまり、医師のニーズを産業化できないからであるというものです。そして、そのための処方箋は、医工連携で、医師の要求を産業界がすくい上げることによって、産業化ができるであろうというものです。これらの議論には、たとえば、医師主導治験の導入や、薬事申請の簡素化と効率化、あるいは、最近流行のレギュラトリーサイエンスの振興などがありますが、私たちは、まったく違う方向からこのことに挑戦しています。
 それは、技術者が、医師の要求に応えるために、言わば“御用聞き”をするのではなく、もっと、主体的に新しい技術を開発できるようにするためには、技術者自身が、医学・生物学を学び、それを展開する実力をつけることが最も重要だということです。
 実際、現代医学を革命的に変化させた新しい技術、たとえば、CT,MRIなどは、決して医師が現場の必要から発明したものではありません。正直に言えば、これらの技術が発明された当時の医師は、私もその1人でしたが、誰1人として、その真価を理解することはできず、ただ、コンピュータというものを使用して、体を輪切りにしてみる技術が発明されたそうだということを、ほとんど夢物語に類するものとして受け取っていたのです。最近の流行でいえば、手術ロボットもそうでしょう。つまり、ほんとうに、医療現場を変化させ、膨大な新しい市場をきりひらくのは、医師ではありません。技術者なのです。
 この意味で、工学技術者を医師のもとに派遣して、その要望を聞けば何か新しいことができるかのように考える現在の医工連携は、真に新しいものを産み出すことはできず、精々、現場の医療機器ないしは道具の改良程度に止まると言わざるを得ません。また、工学技術者、とくに、大企業になればなるほど、その経営に携わる、あるいは、そのレベルの近くにいるシニアな技術者たちは、医療分野への参入について、良く言って、極めて慎重、はっきり言えば、非常に臆病です。もちろん、特に我が国の工業技術の本当の中核を担っている大企業にとってみれば、医療機器産業などは、産業規模が小さすぎて、まともな投資対象と考えることが出来ない上に、その割に、リスクが大きすぎるという判断をせざるを得ないのも当然ではあります。

理工学技術者に、医学・生物学を学ぶ機会を

 しかし、私のみるところ、それは、真の原因ではないと思います。真の原因は、技術者が、医師を特殊な人々であり、かつ、(少なくとも医師本人たちは)技術者より何らかの意味で優れた者であると思っていることや、わけの分からない外国語—昔で言えばドイツ語—の単語、略語をふりまわして、そのうえ、医師法17条を金科玉条として、医療現場を独占し、何かといえば教えてやる式の対応をすることを苦々しく思っていることにあると考えられます。勿論、世の中には、技術開発を本当に必要としている医師もいて、これらの人々は、技術者との相互理解を図ろうとしていることも事実ですが、決定的に欠けていることがあります。それは、医師の側から、技術の本当の基礎を学び、理解しようとしている人は、たとえ存在するにしても、極めて少数であるということです。実際、我が国の医師養成教育においては、理工学の基礎についての教育は驚くべきほど貧弱です。それは、たとえば、数学や物理学の基礎について、現在の医学教育の共通カリキュラムでは、ほとんど、高等学校程度のそれから一歩も出ない教育しか要求されていないことに如実に現れています。
 私は、はるか昔に医学部を卒業して、臨床医となり、40年かけて、いま、工学部の教員として定年を迎えようとしており、工学教育に携わるようになって20数年を経ました。その経験を踏まえ、医工学技術者が、工学を究め、これを医療に活かすためには、理工学の基礎のうえに、医学・生物学のエッセンスを学ぶ機会を作るしかないのだということを確信するようになりました。これが、私たちのREDEEMプロジェクトの基本のアイディアです。

更新日:2012/06/11